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ニュースクラップタウン

私事で恐縮です。

コンビニエンス24時間

約6年間アルバイトをしたコンビニを辞めた。17時から4時間の夕勤を週2回。時給は地域の最低賃金。すべての店舗がそうとは限らないであろうが、主婦が多く勤続年数の長い昼勤と比較すると学生が主となる夕勤は入れ替わりが激しい。進学や就職を機に辞めていく学生が多いなかで、6年という勤続年数はまあ短くもなければそこまで長くもないかな、という感じだろうか。ちなみに私は就職活動に失敗しており4月からは何も決まっていない身なのだが、大学卒業を節目に辞めることにした。家から近いというだけで選んだコンビニで、バイト先の人と特別仲が良かったわけでも思い入れがあるわけでもないけれど、それなりに感慨や一抹の淋しさのようなものがある。これから書くのは、特にオチのない思い出話です。

私がバイトを始めたのは2011年の3月。面接に受かった数日後に東日本大震災が起こった。物流の混乱は埼玉県にも及び、研修期間にはパンや弁当の類は全く並んでおらず、計画停電があるので出勤して一時間で帰宅したこともあった。3.11に関して真っ先に思い出されるのはあのガランとしたコンビニの風景で、「震災」という大きな言葉の中にはこのような小さな風景もたくさん含まれているんだと思う。そして、この先バイトのことを思い出すときには3.11のことも一緒に思い出し続けるんだろう。近くの工事現場で働いているであろう作業服姿の男性が両手いっぱいの小銭を募金箱に入れていったことも覚えている。

なんだか大変なタイミングで始まったはじめての接客アルバイトだったが、半年ほど過ぎた頃にはちんぷんかんぷんだった煙草の銘柄も把握して、レジ横のホットスナックも上手に袋に入れられるようになって、少しずつ余裕が出てきた。ここ1、2年の間にコンビニ業界も進化して、コーヒーやドーナツが導入された。冬場はおでんや中華まんの什器が加わって、レジ周りがどんどん狭くなっていく。(おでん70円セール期間は、特別手当でも貰わないと割に合わないぜと思うくらい忙しくなるときがある。)小銭を握りしめてスピーディーに煙草やスポーツ新聞を買い求める人に最初は戸惑ったものだが、今ではそんなのお手の物だ。たまにいる妙に高圧的で横柄な態度の客にも、顔では笑ってへりくだりながら心の中で「バーカ」と言えるくらい接客も上手になったと思う。でも始めてすぐの頃、年齢確認をしたら身分証を持っていなかったヤンキーの男女に「ブス!」「おかっぱ!」と言われたことは未だに根に持っている。お客さんと短い雑談を交わすこともたまにある。その中に店長とも顔見知りで他の店員さんともよく喋るおじさんがひとりいて、私が髪を編み込み風にまとめていたときに「かわ…似合うな」と話しかけられたことが妙に記憶に残っている。うぬぼれの聞き違いでなければ、「可愛い」と言いかけて訂正したところにそのおじさんの自意識みたいなものが見えて、そうか、となんだかこう、言い得ぬ気持ちになったのだった。おじさんは3年ほど前に引っ越して、お店には来なくなった。

人の往来が多い駅前と比べて、住宅街の近くにあるコンビニなので、毎週のように来て同じものを買っていく常連のお客さんがほとんどだった。スーパーやファミレスと比べるとおそらく、コンビニの客層は幅が広くて色んな人が来る。万引き常習犯で出禁になった人もいる。6年勤めていると、見かけなくなった人や、制服からスーツに変わっていった人もいる。お年寄りの利用者も多いから、そういえば最近あのおじいちゃんおばあちゃん来ないな、と思うと、そういうことかもな、とぼんやり考える。引っ越したとか、もっと近くにできたコンビニに行くようになったのかも知れないけれど。夕方の間に最低2回はお酒を買ってゴミ箱の前で飲み干していく明らかにアル中のおじさんとか、スーパーのレジ袋をお財布にしている人とか、深夜にはスカートを穿いて来店するらしいアイラインを引いた男性とか、いつも同じお弁当とパックのジュース買っていく何人かの人たちとか、僕の買う銘柄覚えてます?みたいな間で煙草を注文する男性とか、この先もなんとなく覚えているんじゃないかと思う。店員に覚えられると居心地や気味が悪いかと思うのですが、別に個人に介入したりなんてことは絶対にないので、ちょっとだけ覚えていることをゆるして欲しい。あなたが誰だか知らないし知るつもりもないけれど、あなたのことは少しだけ知っていたい。

こんな風に、店員という立場で誰かの生活にうっすらと関わって組み込まれているのだと思うと、コンビニのバイトも悪くないなと最近になって思う。私は他人への興味は強いくせに積極的に人と関わっていくことがあまり得意ではないので、買い物にくる人をレジの中から眺めていられるコンビニが好きだった。色んな人の生活のほんの一部分が溢れかえっているこの場所が。これは岸政彦『断片的なものの社会学』やNHKドキュメント72時間』をきっかけに得た考えと視点で、価値観が大きく広がった。コンビニって断片的だ。

断片的なものの社会学

断片的なものの社会学

 

 

ときに、物語のなかにおいてコンビニバイトはネガティブなものとして扱われている印象が強い。佐藤多佳子の小説『明るい夜に出かけて』の大学を休学中の主人公、映画『百円の恋』の家を飛び出した一子(安藤サクラ)、映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』の次の派遣先が決まらなかった七海(黒木華)、ドラマ『しあわせの記憶』の就活に失敗した冬花(二階堂ふみ)、ドラマ『おやじの背中 よろしくな。息子』の会社を辞めた祐介(東出昌大)…とぱっと思いつくものを挙げてみても、コンビニでバイトしているのはみな一様に人生につまずいた人々である。私自身も当事者みたいなものだ。オーナーや正社員でもない限り、ずっと続けていく仕事ではないのだろう。飲食や専門店と比べて知識や技術が必要のない仕事なので採用率も高いのだろうし、バイトといえば取り敢えずコンビニということなのだとも思う。1人に対する接客時間も短く店員の質やスキルはさほど重視されないため、活気のなさが演出できることも大きな理由のひとつだろう。実際、私のバイト先にもかつて年齢その他詳細不詳の夜勤が2人ほどいて、客にも色んな人がいれば店員にも色んな人がいるのがコンビニの特徴だ。もちろんネガティヴなだけでなく、コンビニは物語において出会いをもたらす場でもある。例えば、バナナマンおぎやはぎのワンシチュエーションコント『epoch TV square』では日村さんがマンション下のコンビニに勤める立花ちゃんに思いを寄せる。また、忘れてはいけないのは21世紀最大のラブソング菊地成孔feat.岩澤瞳『普通の恋』だろう。自傷癖の男とチョコレート依存者の女が出会ったのはお洒落な場所じゃなかった。

 


futsu no koi

 

コンビニを題材にした作品といえば、2016年に芥川賞を受賞した村田沙耶香コンビニ人間』。コンビニでバイトしながら執筆活動を続ける村田さん自身とも相まって、凄まじくアナーキーでとても優しい傑作だと思う。

コンビニ人間

コンビニ人間

 

コンビニに従事する、という一見社会に参画し迎合していくような行為がこの物語の中では逆説的に機能する。36歳の独身女性がずっとコンビニでアルバイトをしている、というのは「世間一般」では異常なこととみなされ、よっぽどの事情がなければ理解されない。就職、結婚、出産という社会規範のレールから逸れた人間は「普通ではない」というレッテルを貼られてしまうのだ。「どうして(◯◯しないの)?」という悪気のない問いかけは、少しずつ私たちの世界を窮屈にしていく。かくいう私も知らず知らずのうちに「社会規範」や「普通」という見えないルールに加担しながら生活し、ときに誰かを排斥してしまっているかも知れない。『コンビニ人間』は「正常な部品」としてコンビニで働くことに生きる術を見出した恵子という限りなく純粋で透明なキャラクターを通して、この世界の「普通」や「常識」という実体のない呪縛を浮き彫りにし、そこから逸脱することを描いている。彼女がコンビニ人間であることをとやかく言う権利など、誰も持ってはいないのだ。

なぜコンビニエンスストアが物語の舞台として機能するのだろうかと考えると、非常に現代的な空間だからではないだろうか。24時間、煌々と明かりを放ちながら日本全国に存在するコンビニエンスストア。都内では同じチェーンが数軒先に並んでいる光景がざらにある。潰れていくコンビニも多いが、ほとんどは後に居抜きで違う店が入り、異様に「元コンビニ」の存在感を放ち続ける。慣れない旅先でコンビニの明かりを見つけるとほっとして、用もないのに立ち寄りたくなってしまうこともある。弁当、惣菜、パン、野菜、ストッキング、ATM、カップ麺、ケーキ、シャンプー、文房具、雑誌、アイス、itunesカード、洗剤、手袋、猫のエサ、コーヒー、靴下、肉まん、ドーナツ、酒、煙草、コピー機、電池、充電器、お米、お砂糖、味噌、醤油、駄菓子にワックス、制汗剤、ご祝儀袋その他もろもろが小さな空間にひしめきあっている。嗜好品も生活必需品も少しずつなんでも売っている。食料品を買うならスーパー、食事をするならファミレスやファストフード、服を買うならアパレルショップ、薬や日用品ならドラッグストア、本ならブックストアとそれぞれの役割を持つチェーン点は無数にあり、コンビニはまずそれらの代替としての機能する。今やその機能を超えて、コンビニはコンビニとして独自の存在となっているように思う。『コンビニ人間』の恵子がコンビニの部品なら、コンビニは社会生活の部品といえるかもしれない。なんでもあるその空間はどんな人間も受け入れる隙間のような場所だ。それは寛容かも知れないし空虚かもしれない。

最後の出勤はいつもと何ら変わらずに終わっていった。6年といえど、たかがバイトの最終日なんてこんなものかと呆気にとられたような気待ちだ。でもそれもコンビニっぽいかな。毎週の出勤と業務がルーティンワークのように身体に染み込んでいて、来週もまたいつものようにアルバイトに行くような気さえしている。曖昧で希薄な思い入れが、蛍光灯の下に漂っているようだ。


モーニング娘。 『ザ☆ピース!』 (MV)