朝の6時半ごろに駅まで自転車で走っていると、明るくなった空に大きな白い満月が浮かんでいる。家の近くの貯水池の水面から白い靄が立っている。駅に着く頃、駅前広場のラジオ体操が終わり三三五五帰っていくお年寄りとすれ違う。電車に乗っていると徐々に陽が高くなって明るい光が差してくる。仕事をしていると、日が傾くにつれて徐々に目や頭に重たく鈍い痛みがやってくる。ふらふらと自転車に乗って帰宅して、ご飯を食べてお風呂に入るうちに少しずつ身体と目が解れてくる。私の部屋は、位置によってベッドサイドの窓から月が見えるのがお気に入りで、明るい満月の日には「ムーンプリズムパワー」と思う。
今夜も月がきれい
それだけで しあわせ
先日受けたWEB面接の不採用通知がエージェントを介して来たのだが、「正直もう少し明るくコミュニケーションが取れる方が好ましい」と理由が書いてあって、「正直」というところに妙にムカついて笑ってしまった。「より条件に合致する候補者が他におられたため」「総合的に判断して」みたいに当たり障りのない文句が添えられているよりは、もっと明るくした方がいいんだなと参考にはなる。それも結局は面接官によりけりだ。志望度が低くても「ご期待に添えず」と言われるとやはりへこむものはへこむ。怒涛の面接ウィークは、一次通過が3件、不採用が5件、未連絡が1件、もう1件は内定をもらったけれどあまりに大変そうなので辞退という、まずまずの結果。ここから2週間ほど、重要度の高い面接が続くので流石にそわそわしている。
夕方から雨が降ってきたので自転車を駅に置いたままにして、弟に迎えに来てもらう。途中で猫の缶詰を買いに薬局に立ち寄って、お菓子やアイス、菓子パンのコーナーを買うでもなくぶらぶらと一周した。こういう、とりとめのない時間を共有して楽しめる家族がいることの幸せを最近特に意識するようになった。本当は、自宅から楽に通える範囲で仕事を探した方がいいのかもしれないという気持ちもあるけれど、やはり仕事の内容や条件を優先してしまう。東京に比べると賃金も安く、思えば10年前にコンビニでアルバイトをはじめたときの時給は780円だった。地元に進学していれば違った選択肢や世界があったのかもしれないけれど、なぜだか私には地元で生きるということに縁がないように感じる。仲の良い家族と、落ち着ける家があるにもかかわらずいつも不安な人間が、もしもひとりになったら一体どうなってしまうんだろう。
車で千葉の柏井町にあるiijima coffeeへ行って、佐倉市の国立歴史民俗博物館の『性差の日本史』を見て、流山のtroncに立ち寄るという完璧なコースを画策していたものの、ナビが間違っていた上に道がとても混んでいてiijima coffeeに辿り着けず、博物館の予約時間に間に合わず、帰りも渋滞で家まで3時間かかるという波乱の休日を過ごした。幸い、『性差の日本史』は1時間後の枠が空いていたので無事に見ることができた。政治体制がつくられる過程で女性の排除が繰り返されてきたことがよくわかる。支配や統治の歴史は、男性から女性への支配の歴史でもあって、自分でそのあたりを掘り下げたいと思った。ジェンダーについて語るとき、やはり女性が受けてきた不当な扱いにばかり目が向いてしまうけれど、男性性がつくられてきた過程や男性自身がそこにとらわれてしまうことについても並行して考えるのを忘れないようにしたい。
女性が性被害を訴えることについてジャーナリズムの観点から掘り下げた『その名を暴け』を読んだばかりだったので、婦人労働課による「女性も声を上げましょう」という啓蒙ポスターを見て、時代も国も主張も問わず、女性の発言権がどれほど脆く進みが遅いかをまざまざと感じた。今回の展示もこの本も、客観的事実の分析だったのでフラットな視点に立つことができてよかった。
本当なら優雅にコーヒーとケーキを楽しむ予定だったのがひたすら車を走らせてへろへろで、博物館に着いてすぐレストランであんみつを食べた。常設展も流すだけで出てきてしまったのでゆっくり見に来たい。来たときと同じように、国道16号線まで出てひたすら走る。日が暮れるとロードサイドの看板が存在感を増して、VIDEOTAPEMUSICの音楽がよく似合う。今日はとても天気が良かったので明るい間はカネコアヤノを熱唱しながらドライブを楽しんだ。ひとりで長時間車を運転するのははじめてだったけれど、たまには悪くない。結果的に博物館以外は外に出ずに来たけれど、現在の娯楽としてはこの方がふさわしいな。運転に集中している間は、いつも頭をぐるぐるしている考えごとが強制的にシャットダウンされるので、いまの自分に必要な時間だった。月並みに、私はどこへでも行けるかもしれないと思った。
近藤聡乃『ニューヨークで考え中』3巻を読んだ。近藤さんはいつも自分が面白いと思ったことや疑問に感じたことを丁寧に言葉と絵にしていて、読んでいるうちに自分の気持ちも整理されていくような感覚があって好きだ。今回は特にトランプの大統領就任やコロナウイルスなどの社会情勢に加えて、自宅が火事で浸水する被害を受けた非常事態について、戸惑いや心の揺らぎがエモーショナルを回避しながら整理された線によって可視化されていて読み応えがすごい。
エージェントに登録した6月頃はモチベーションも皆無で身動きの取り方すらわからなかった転職活動はここへきて転がりだして、世の中と同じように無理矢理前に進み続けている。本当はどうするべきなのか、確信を持てたことはいままで一度もない。途方に暮れながら、気が付けばここにいて、これでいいのかと思いながら、毎日生き延びる。それでも月の巡りは規則正しく、毎夜の安眠をただ祈るしかないのだ。