ニュースクラップタウン

私事で恐縮です。

脂肪の塊

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2年ほど前、歯に染みるような痛みがあって歯医者へ行くと、知覚過敏だと言われた。虫歯なら治療すれば済むと思っていたものが、長い付き合いになりそうな名前に少し気が遠くなるような思いがする。帰りに試供品の薬用歯磨き粉をもらって、他人事だと眺めていたコマーシャルが一気に自分に関係のあることになる。言われたとおりにデンタルフロスもしていたら徐々に痛みは退いた。

今年の3月頃、夜中に頭皮から首の後ろが痒くて目を覚ます。触れると蚊に刺されたような膨らみが広がっていて、いままでに経験のない症状に混乱する。保冷剤を当てて冷やすと少し落ち着いてその日はなんとか眠った。朝になると跡形もなく消えていて、狐につままれたような気持ちになる。病気や皮膚のトラブルとは無縁で意識したこともなかったので、「じんましん」という名前に行き着くまでに半日ぐらいかかった。それからは毎日のように夕方になると服の締め付けや膝の裏などの汗をかきやすい箇所、ひどいときには目や唇の周りが腫れるようになった。かゆい、しかも眠りに就こうという時に、というのはものすごいストレスだ。毎日飲んでいた花粉の薬が効いているような気がして、アレルギー症状のひとつだろうかと思い病院で検査をしたが、子どもの頃からの付き合いのスギやヒノキ以外には特に出なかった。聞くところによると、花粉の薬は似たような成分でじんましんにも効くらしい。いまも毎日薬を飲んで症状は抑えられているが、常用する薬ができたり、気が向いたときにデンタルフロスをしておいたりという習慣は、歳をとるという感じがする。

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いわゆる不定愁訴、としか言いようのない、原因のはっきりしない、病院に行くまでもない不調が増えていく。肩はずっと凝っているし、それに伴って3日に1回は頭がいたい。食べるとすぐにお腹が張るし、以前は大好きだった生クリームを食べると翌朝には胸焼けがして一日中気持ちわるい。今年に入ってからひと月に1kgのペースで体重が増えていて、じわじわと標準体重に近付いている。コンビニで甘いものの買い食いばかりしていてしっかりと心当たりがあるのだが、一年前であれば食べる量や内容を調整すれば減っていた体重が、以前と同じやり方ではビクともしなくなっているように感じる。

先週、体重が増えることでいちばんおそれていた、月のものが5年ぶりにあって激しく動揺した。完全に忘れていた、うわ、という感覚と同時に、腹立たしさでいっぱいになる。医学的、身体的なリスクについてはいったんおいて置くとして、毎月の煩わしさから解放されてそもそも存在すら意識をしなくなると、自分から「女性」という枷が外れて精神的にも身軽でいられたのだった。昔から出産や育児を自分の身に起こることとして考えられないことは、社会的な罪悪感をどこかに抱かせもして、そもそも「産めない身体」という状態は正当な理由を得られたようで私には喜ばしいことだった。いまでは色々な選択肢があって、それを選ぶのもありだと思いつつ、それに伴う症状や金銭について調べると、どうしてこんなにも煩わされることばかりなのだ、と思う。そんなことがあって、先月の健康診断の結果では悪玉コレステロールの数値が要注意に足を踏み入れていたこともあり、もういいか、と半ば諦めつつあったダイエットの意欲が掻き立てられている。経験上、自分の身体は脂質や糖分に気をつければ緩やかに減っていったので、甘いものを食べたくなったら、「また来るぞ」と玉姫様の姿を想像する。自分の身体に正しさは求めていない。

ためいき

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品川で面接を受けたあと、数時間後にオンライン面接を受けるために駅の近くにあったレンタルスペースを借りてみた。小さなマンションの地下の一室に会議用のテーブルがいくつかと個室が2つ。他に利用者はなく、個室に入ってiPadで約40分の面接を受ける。リモートワークとは無縁の仕事をしているので、こういうサービスが成り立つ(のか実際のところはわからないが)世界があることがなんだか新鮮に感じられた。今日の予定をすべて終えて、帰りに雑色のヌーランドさがみ湯でひとっ風呂浴びる。平日の昼下がりの銭湯は思ったよりも人がいて、普段働いている時間に大きなお風呂に入るというのは非常に開放感があってよろしい。

1件目の面接はその日の夕方に二次面接の連絡が来たけれど、もともと興味本位で応募して見学くらいの心づもりだったので、辞退の返信をする。仕事の内容や環境には心惹かれるものがあったが、受付に若い女性を座らせているところや、毎朝始業前に社歌が流れると聞いて、きっと自分は馴染めないだろうと思った。しかし、履歴書を見て面接をしてくれる、というだけでも自分にはまだ他の可能性があるのだと思えて気持ちがすこし上を向く。具体的に退職の予定や意思が決まっていないのに転職活動みたいなことをするのも、言ってしまえば承認欲求を満たすための行為かもしれない。そんな経験もないが、長年の関係に惓んだ恋人の良さを確かめるために、マッチングアプリでいろんな人にあってみる、みたいな。それを仕事選びでやっているなんて、自分が少しずつ孤独をもて余す化け物になっていくのを感じる。

2件目の面接はいわば同業他社で、現在の職場にほとほと飽きてうんざりしてきているところで本気で臨んでいたのだが二次面接で落ちてしまった。現状への不満が漏れ出てしまったのが敗因だと思う。違う環境への期待はもちろんあったが、5年間という歳月で得た居心地を手放すことへの抵抗もあって、がっかりする気持ちと、ほっとする気持ちが半分ずつ。新しい場所で働きたいということは、いまの場所を辞めたい、もっと言うと上長に「辞めます」と告げることの快感とイコールであって、場所だけが変わっても、本質的には何も変わらないことにはとうに気が付いている。

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面接を受けにいく一方で、面接をする側を担当することにもなって、人事から質問の流れや注意点なんかをレクチャーされながら、これは全部ゲームみたいなものなんだということもわかっている。内定がひとつも出なかった大学生のときも、その下らなさとゲームの規則に適応できない自分に嫌気がさしていた。そしてその規則の外にあるはずの選択肢を選べない自分にも絶望し続けている。

日常的に連絡をとる友人はなく、家族と職場にしか人間関係がないということが後々どう影響を及ぼすのか、深くは考えないようにしている。趣味は本と映画、演劇、音楽、美術館、長い休みには車で旅行に出かける。それができるだけの収入と環境があって、もう何も言うことはないはずなのに、どうしてこんなにも生活に惓んでいるのか。歳を重ねるごとに、集中力と、それに伴って何かに夢中になってのめりこむ力がなくなっていくのを感じる。素晴らしい作品に心が震えることは変わらないが、昔はもっとそのことで頭をいっぱいにできるくらい夢中になれていた気がする。退屈なのは他でもない自分自身である、という揺るぎのない事実。いままでは物語やメディアを通して語られる他者の人生に思いを馳せることが、そのまま違う人生を生きたいという気持ちを満たしてくれていた。

誠に遺憾ながら人生の大部分を占める仕事を変えれば、違う人生が生きられるような気がして、今日も転職サイトで求人を見ては違う生き方を夢想する。いまいちばんいいなと思っているのは熱海の干物屋さんの配送の仕事で、定期的に熱海や伊豆のあたりに暮らしたい気持ちになるのだけど、これはただ旅行に行きたいという気持ちの変奏ですよ、と自らを宥めすかしている。

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峠を越える

大阪の布施から奈良の生駒へ向かう道中、カーナビの示すとおりに国道308号線へ進むと、国道という響きからは想像もつかない狭い道へ入り込んだ。軽自動車でもヒヤヒヤするほど狭く、エンジンを踏み込んでもジリジリと下がってしまうような錯覚に陥るほどの傾斜。対向車が来たらどうしよう、これは本当に車で入っていい道だったのだろうかと不安に駆られながらも、いよいよ引き返せなくなり、ナビの通りにそろそろと車を走らせるしかなくなった。あとから調べると、かつて大阪と奈良を結ぶ最短ルートの古道で、その急な坂は「暗峠」とよばれ、「酷道」としても有名な道だった。最短距離で検索したためにこのルートで案内されたようだ。

山の稜線に沿ってところどころほんの少し平坦な道へ出るとやっと車がすれ違えるほどの広さになり、再び石垣が車の両側に迫るほどの狭い道へ、という緊張と安堵が繰り返され、真夏の陽射しがジリジリと体力を奪っていく。旅の間中、ずっと聞いていた「マユリカのうなげろりん」もまったく耳に入らないが、坂本が単独ライブのネタ作りにおける自分の負担を嘆く内容だった気がする。1時間にも満たない走行時間だったか、ようやく車線があらわれ、信号が出てくると何の変哲もない道にひどく安心した。死ぬかと思った。

目的地である生駒ケーブルの鳥居前駅に到着し車を止める。ケーブルカーの終点である生駒山上遊園地は休園日であることはわかっていたものの、しばらく車から離れたいという気持ちもあり、山上までケーブルカーに乗ることにした。生駒ケーブルは猫のミケと犬のブルの車体が大変可愛らしく、乗ってみたかったのだ。

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行きはミケちゃん。シートにもキャラクターの柄があしらわれ、途中ブルくんとすれ違う時には「わん!」と鳴き声がしたような気がするが、暑さのせいで記憶が曖昧である。進行方向と反対を向いて座ると、ぐんぐんと地上から遠ざかっていくのが見えて、まるで下界に別れを告げているかのような気持ちになる。さっき必死になって車で登って下ってきた山の反対側を、ケーブルカーであっという間に運ばれていく。

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山上へ到着すると、遊園地は閉園でアトラクションは動いていないが、ゲートは開いていたので園内に入ることができた。8月末の平日、閉園でほとんど人はおらず、山登りの格好をした人や工事現場の職人らしき人がぽつりぽつりと歩いている程度の静かな白昼の遊園地。

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緊張のドライブから解放されたへとへとの心身で日陰のない炎天下の遊園地を、カメラ片手に興奮気味に歩いて回る。休園日はかえって好都合だった。休日は親子連れで賑わうであろうアトラクションは時が止まったように静かで、まるで世界には自分とほんの数人しかいないような気持ちになる。酷道を抜け、死ぬかと思ったが、もしかすると私はあの道で本当に死んで、ケーブルカーで下界から離れて天に昇ってきたのだろうか。ここは死後の世界なんじゃないだろうか。だとしたら私は天国へ来た。

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そう思うとこの場所を去りがたく、このままずっとここにいたいとすら思ったが、じりじりとした陽射しは容赦無く体力を奪っていき、帰りのケーブルカーの時間も近づいている。帰りもまた進行方向とは逆向きに座り、遠ざかっていく天界を惜しみながら地上へ戻る。車内には登山を終えた風情の数人の乗客、人の話し声を聞きながら徐々に現実へと帰る。

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PLAYLIST

仕事で納得のいかないことや、自分の要領の悪さに苛立つことばかりで、しばらく控えられていた甘いものについ手が伸びてしまう。組織の中で働く以上はままならないことならば、生活の上での我慢はできるだけしない方が精神衛生上よろしいだろうとは思うのだけど、節制と倹約ができない自分にもストレスを感じる。

いまの上長は働きはじめたときからいつも気にかけて声をかけてくれたり、仕事の上でも色々と気をまわしてくれるのだけど、その気遣いの方向や、仕事の振りかた、雑談の距離の近さがうっすらと苦手でもあって、いよいよ自分のなかで無視できないほどわだかまりが大きくなっていく。いいひとだし、やさしいから、苦手に思ったり、腹を立てるのは申し訳ないと、自分の感情を否定していたことがストレスの要因だとようやく気が付いた。もちろん、大人として態度には出さないよう気を付けているけれど、その人がいいひとであることと、そのひとを苦手だと思うことは両立するし、腹を立てていいのだ。

帰りの車でkanekoayanoの『石の糸』をきいていたら、カネコアヤノはちゃんと怒っていて、自分の感情を偽らないこと、表現することに畏敬の念を抱く。

腹が立って吐きそう

悲しくて吐きそうだ

kanekoayano「日の出」

 

ひとりで暮らしていると、個人として名前を呼ばれることが減り、生活の中で他者を通して自分の存在を認識する機会がなくなってくる。もともと自分の名前に対して、あまりピンときていないというか、何度も書いているのに、書いたり言葉として発しているからこそ、他人事のように「わたしって(名前)っていうんだ」という感覚がずっとある。ただ身体があり、そこに意志があり、誰かの視線を気にすることもない日々は、とても気楽で、このまま透明になっていきたいとずっと思っている。わたしだけがわたしを見ている。だから、職場という社会で何かを期待されたり、こういう人だと認識されているのを感じると、すわりの悪さを感じてむずむずしてしまう。

もちろん、ずっとこんな風に感じていたわけではなく、10代のころはきちんと思春期らしく周囲の目線が気になっていたし、一時期はひとりの異性に異様なほど執心してしまっていたこともある。そういう時期を経て、だんだんと他者に対する関心と感情が薄れていって、正直なところとても楽になった。一方で、あらゆることに対する関心も前ほどは強くなくなって、感情自体が薄くなっている自覚もある。要するに、どうでもいいのだ。

感じたくないことも感じなきゃ

何も感じられなくなるから

宇多田ヒカル「誰にも言わない」

宇多田ヒカルは真理をさらっとメロディにのせてくるからおそろしい。

そんな風に過ごしていたから、自分のなかの怒りや悲しみの感情に気が付かないふりをしようとしていたけれど、いちど腹が立つと認めてしまえば、あとは何かしら発散をすればいいわけで、すこし気が楽になった。わたしは集団の中でも事なかれ主義でそつなく立ちまわることが美徳、みたいな典型的にダメな人間で、これからもそこから脱することはできないと思うけれど、せめて理不尽なことにはおかしいと抗いたい。

泥の船

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4年間の非正規雇用を経ていまの職場に採用されて、契約書の「雇用期間の定めなし」という文言を見たときは涙が出るほど嬉しかった。毎日定時で帰って、夏季と年末年始には当然のように1週間の休みがあって、自分がやりたいと思える仕事ができる。夢のようだなんて思っていたけれど、本当に束の間の夢だったようで、財政状況の危うさが少しずつ具体的に見えるようになってきた。組織の事情とは別に、ここ数か月の間に体調不良者のしわ寄せがくることが増えて、仕方のないこととはいえ、だからこそ少し疲弊している。その影響で思うように休みが取れないこともあり、いらいらする。顔はにこにこ、頭の中は罵詈雑言でいっぱい。

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できるだけこの生活を続けたいと思う一方で、ずっとどこかに行きたい。もう2回目の更新を迎えた部屋と、職場まで車で30分、休日は東京都内にも横浜・静岡方面にも出やすい立地は心底気に入っていて、もし職場が変わって、この生活を手放すことになるのはとてもいやだなと思ってしまった。愛着から執着になりつつある気配。求人や物件情報を見て、ここで働いてみたいとか、この土地のこの部屋なら住んでみたいとか、そう思えると安心する。もう先が長くないことがわかっているなら、見学もかねて転職活動をするのも悪くない。なにもかもに対する執着をすてていきたい。

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何もできない人間だと思っていたけれど、そこそこに仕事も生活もできるようになって、もう充分だなと思う。曲がりくねった山道を運転していると、標高が高いところでこのままハンドルを切らなければ死ぬかもしれないんだよなという考えが頭をよぎって、自分にはそうする勇気がないことを悟る。具体的に死にたいという気持ちがあるわけではなく、はじめから存在しなかったことになりたい。

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涅槃はまだ遠い。

WHAT'S GOING ON

自分では操作のできないランニングマシンに乗って、ただひたすら足を動かし続けているような夏だった。必死に走っているつもりでも一歩も前には進めず、ずっと息がきれている。

加速と減速を繰り返しながら、ペースをつかんだと思えばまた足が空回りして何度も転びそうになる。前を向いていなければバランスを崩しそうで、周りをふり返る余裕はない。

ここから降りるには、回り続けるベルトコンベアから飛び降りるしかない。

あるいは、足を動かすことを諦めて、追突へ向かう。

そう思えば、自分の意志とは裏腹に急停止をすることもある。束の間の休息。そしてこのランニングマシンを操作する何者かの存在を思い知る。特定の信仰は持たないが、すべては天上の大きな存在の采配に過ぎないという実感が、諦念と希望とともに湧き上がる。そんなとき、いつもceroの「orphans」がリフレインする。

神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて

僕たちはここにいるのだろう

急停止ののち、またゆるやかに動き出したランニングマシンの上で息をととのえる。喉のあたりに溜まっていた熱がようやく解けて、肺まで深く息を吸い込めるようになってきた。気が付けば、このまま永遠に続くように思われた酷暑は鳴りを潜め、道端の草木も衣替えをはじめている。

速まった鼓動の名残は、得体のしれない焦燥感と倦怠感として身体にまとわりついたまま。空疎を埋めるように旺盛な食欲と消化不良で痛む胃腸をそのままに、外の景色は変わっていく。わたしはまたランニングマシンの上で、次の急加速をおそれながら、またどこかで期待しながら、足を動かす。

4月ごろから続いていた慣れない仕事に四苦八苦する日々がようやく落ち着き、必要以上の情感を込めて振り返る余裕ができた。知識も経験も不足した状態で、理解が追い付かないままメールの返信とスケジュール調整に奔走していた。忙しさに加えて、自分の要領の悪さにほとほと呆れるダメージも大きい。勝手に心の支えにしていた先輩の退職も重なり、せめて自分の意志で叶えられる望みくらいは、という気持ちから食べたいものを食べ、時間のあるときには行きたいところに行く、と好き勝手に遊んでいたら体重は約2kg増え、貯金は目減りした。

この夏は自炊をする意欲や気力がまるで沸かず外食や総菜に頻繁に手を出していたのも食生活が乱れる要因となった。暑さのせいとばかり思っていたが、仕事で段取りを考えながら連絡や準備を進めることに手一杯で、生活の中で段取りをこなす余力が残っていなかったのだろう。料理の楽しさは、肉に下味を付けてなじませる時間や、野菜の下茹で、コンロと料理道具の使い分けなど、段取りをうまくはめていくことに他ならない。自分のために献立やお弁当の彩りを考えることは、自分を労わることで、それは余裕がなければ到底できないことを思い知った。

自分が責任を持って進めなければ、という使命感からアドレナリンのようなものでも出ていたのだろう、休日も仕事のメール通知をオンにしてチェックしていれば十分に気が休まるはずもなく、9月に入って通知を切ってようやく、自分の消耗を顧みることができた。

しかし不思議なもので、さあいよいよ正念場という8月末に、祖母の訃報が届き、3日間の忌引き休暇を得た。報せを受けた日の夕方には家族と飛行機で福岡へ向かい、翌日の葬儀に出る。どうせなら、と葬儀のあとは福岡の町中に一泊して母と弟と博多を遊覧した。91歳の大往生であるから、悲しさよりも感慨(という言葉が相応しいかはわからないが)が大きく、うたたねをしている顔がどこか西田敏行に似ていて可愛いおばあちゃんだったな、なんて思ったりしていた。火葬を待つだけの時間、日常での忙しさの最中にぽかんと放り投げられた穏やかなひとときは、生きているものの都合のよい解釈であることは承知の上で、ギフトのようだった。

幼いころは家族に連れられて帰省し、どこへ向かうのかよく知らないまま車で連れられるばかりだったが、いまとなっては自分で行き先を決め、ルートを決めて運転することが普通になった。このように誰かに連れられ、バスや飛行機に運ばれていくということがとても久しぶりで、このことも先述の大きな存在への実感へとつながっている。