ニュースクラップタウン

私事で恐縮です。

週末

f:id:Vanity73:20180919072357j:image3年ほど続けていた日記を全く書かなくなってしまった。書こうと思っても書くことがなくて、ペンを持つ手が止まる。もともとは覚えておきたいことを書くために始めたので、ここ数ヶ月のことは忘れてしまいたいということなのだろう。とはいえ、観たものや読んだものを記録しないと本当に無為な時間ばかりを過ごしているような気がしてやるせない。それほど演劇も映画も観ていないし本も読んでいない。気力もないしお金を使わないようにあまり遊んでいなかったけれど、今週末は少し活発に出歩いたらとても楽しかった。やっぱりそこそこに働いて遊んで暮らしたいな。

f:id:Vanity73:20180916165804j:image14日、世田谷文学館にて「ビーマイベイビー 信藤三雄レトロスペクティブ」を見る。大量のジャケットワークスを眺めながら、あれもこれもこの人だったのか、と驚く。やっぱりピチカートファイブのアートワークがすごく格好良くて可愛くてお洒落。格好良くて可愛くてお洒落以上に大事なことなんてないよな、と最近忘れつつあったいままでの自分の価値観を取り戻した。ポップな人生を送りたいものです。どうせいつか死ぬのだから。クレイジーケンバンド「タイガー&ドラゴン」のMVも最高だったな。少し歩いて、千歳烏山の喫茶 宝石箱へ。お店にあった高野文子るきさん』を読みながらチョコレートケーキとクリームソーダ千歳烏山の駅前は賑やかでなんだか楽しかった。普段、京王線には縁がないので来ることもなさそうだけれど、そういう街の風景ほど記憶に残るものだ。たまに見る夢にしか出てこない街は、そういう1度しか行くことのなかった街の記憶がコラージュされているような気がする。乗り換えで改札を出たので少し神保町へ立ち寄る。私が神保町に行くときはいつも閉まっている文化屋雑貨店に今日は入れた。

A子さんの恋人 5巻 (ハルタコミックス)

A子さんの恋人 5巻 (ハルタコミックス)

 

15日、友人とご飯を食べた。ずっと新宿駅のどこにあるのかわからなかったSuicaペンギン像にやっと謁見できた。神々しい。電車で近藤聡乃『A子さんの恋人』5巻を読む。面白すぎていちど読み終えて何度も読み返した。いよいよ佳境に入っていて、A太郎もA君もぐっと人間くさい一面が見えてきて楽しい。プロポーズが宙に浮いたままのA君にはたまったものではないと思うけれど、読者としては願わくばこの状況と物語に白黒つけないままずっと続いて欲しいと思ってしまう。「白黒付けるのは恐ろしい 切実に生きればこそ」とあの4人が歌ったように、気持ちや関係というのはどうにもままならないものだ。それでも私たちの生きる現実には、仕事であったり結婚であったり、選択を迫られる場面がやって来る。そこに人との関係や感情が絡んでいるものだから、余計にややこしい。こういうややこしさを、スマートな線画と筆致で読ませてくれるの、本当にすごいな。この巻の主役は何と言ってもゆうこちゃんの彼氏ヒロくん。ひねくれているえいこたちに共感しつつ、心のどこかで憧れてしまう明るさと屈託のなさが凝縮されている。極め付けはこの台詞。

A太郎さんもアメリカの彼も

えいこさんが完璧な人だから

好きなんじゃないと思うな。

お互いの悪いところをわかった上で

「ふたりで許し合って生きていきませんか?」って

言ってるんじゃない?

なんかもう読みながらずっとうるうるしてしまう。惑いも迷いも全てひっくるめて、お互いに引き受けながら生きていけたらどんなにいいだろう。

f:id:Vanity73:20180917203235j:image16日、浅草九劇にて東葛スポーツ『カニ工船』を観劇。キレキレで格好良かった。批評性と娯楽がどちらに寄りすぎるでもなくお互いに作用している感じとか、本当に巧いなあと思う。出演者も全員華があってラップもうまくて安心して見ていられる。ロロの板橋駿谷と森本華の安定感。玉田企画の玉田真也がどこまでも玉田さんなのもよかった。ナカゴーの川﨑麻里子は本当にチャーミングで見るたびに好きになってしまう。連休ということもあってか混雑している浅草を少しうろうろして、東京蛍堂を覗いてアンヂェラスでひと休みして帰る。そういえば、行きは東武線が動いていなかったので初めてつくばエクスプレスに乗った。その名前と速さからなんだかもっとシュッとした車体を勝手に想像していたのだけど、普通の在来線の車両でした。

f:id:Vanity73:20180917202959j:image東京ラブストーリー』1話の再放送を観た。ずっちーなあ!最高!!赤名リカ、めちゃめちゃ最高すぎてやばいっす。いま私に必要なのはトレンディドラマだったんだ!坂元裕二が書いていると意識して見ると短い台詞のテンポ感やさりげない言い回しがぽいかな、とも。あの電話をかける仕草で話しかけるやつ私もやりたいんですけど。それから、TVerで『マンハッタンラブストーリー』が配信されていてもう何度も観ているというのに夢中で観てしまう。クドカンドラマの一番のミューズは塚本高史と言っても差し支えないのではないか。宮藤さんのドラマを観ていると、あっちへこっちへふらふらと惑ってしまうことも悪くないように思えるな。

季節

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この台風が去ったらきっと涼しくなる。そんな微かな期待とともにいくつかの台風を見送ってきたが、なかなか涼しくなりきらない。災害レベルとまで言われた真夏のピークと比べれば随分と過ごしやすくなったが、暑さにめっぽう弱い私は秋と冬を今か今かと待ち構える。職場が変わった6月からずっと暑さに滅入っていた気がする。あと少しできっとこの状況も好転する。そんな期待を抱えて揺れ続けるひとりずもうの毎日は相変わらず。仕事には流石に慣れてきて、適当になんとかやっている。入った当初にどうしてあんなに苦しかったのか、自分はいつも過剰に悲観的に物事を捉えすぎるし冷静に周りを見る能力が無さすぎるとも思うけれど、あのときの辛さや苦しさを自分で否定するのはやめようと思う。私が私を肯定しなければ、誰が私を受け入れてくれるというのか。

もともとは自己肯定感と自己愛を自分の中だけで完結させて平和にやっているような人間なのだけれど、一目惚れをして憧れていた人が自分を見てくれたことで、他者に承認されたいという欲求がふつふつ湧き上がってしまった。自分のことを見て欲しい、認めて欲しい、話を聞いて欲しい、わかって欲しい、愛して欲しいって、そう思ってしまうのは仕方がないとも思いつつ、それを他者にぶつけることは暴力に等しいのではないか。私はどこかで、恋人という存在とはそういうものを共有してもいいんじゃないかと思っていたけれど、本当はいちばん駄目な気がする。やっぱり自分の膿は自分で綺麗にするしかない。恋愛っていう、いちばんわかりやすい形で誰かに求められる、という体験は、私のような自意識も自己愛も過剰な人間にはとても危険で、あっという間に依存と執着に変わってしまう。好きな人のことは一年前と変わらずに大好きだけれど、そういう自分の欲求がそれを上回ってしまうことがあって、私はひとりでいらいらして不安になって、色んなことが怖くなる。それはLINEの返事が欲しいとか、そういうとても瑣末でつまらないことでも。少し前にきっと無意識でときおり会話に出す女の子の名前にいらいらして、そんなつまらないことでいらいらする自分にまた腹を立てる。それに気が付いたのか最近では意識して名前を出さないなと感じることもあって、別にその女の子が嫌いなわけでもないし何かあるんじゃないかと思っているわけでもなく、その無意識さの中に見える好意、恋愛感情とは離れたところにある(がしかし、割り切れない)好意が憎らしくて羨ましくてたまらない気持ちになる。それ、私も欲しい。

一年前からもうずっと、私の中でいちばん面白いコンテンツ(という言い方もどうかと思うけれど)が好きな人になってしまって、大好きなテレビも映画も演劇も相変わらず日々の糧ではあるけれど、あらゆる物語よりも面白いものになってしまって、本当に寝ても覚めても(映画観に行きたい)好きな人のことばかりで、病気だ。そんなときにはいつも、ラジオなんかで菊地成孔の言う「恋をしている人は全員頭がおかしい状態」「狂っていなければ恋愛なんてできない」という旨の言葉を思い出して、自分を正当化してしまっている。菊地さんの音楽とラジオを聞いているときがいちばん心が落ち着いていて、なおかつSPANK HAPPYには胸がときめいて、なんだかんだでいちばんヘルシーなところに到達している気がする。

今年の夏はSPANK HAPPYのライブを一度も見れなかったことが心残りで、涼しくなったらドレスアップして踊りに行きたいので、次はもう少し広いところでワンマンライブをやって欲しい。5月のGREAT HOLIDAY以降ライブは見れていないものの、インタビューやInstagramが充実して供給されるのでとてもありがたい。ラジオでも音源を聞くことのできた新曲群はどれもよくて、中でも「エイリアンセックスフレンド」が好きだ。

 

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おはよう

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好きな人への依存をどうやったら止められるのか、「依存 解消 方法」で検索すれば分かるだろうか。もし私がふっといなくなって、寂しいとか悲しいとか思ってくれるなら、それで満足できるかもなんて思うけど、後悔するのはわかってるから、今はやめとく。ただ同じ時間を過ごしたいだけなのにね。だから一緒に暮らしたいだけなのにね。なかなか上手にいかないね。ちゃんと愛されてると思う。でも、私はばかだったね。疲れちゃったね。

 

いつか結構本気で

ジェラシーや心配してくれる?

お似合いのスーツ着ててね

あたしの淋しい

エイリアンエイリアンセックスフレンド

 

SPANK  HAPPY 「エイリアンセックスフレンド」

予期せぬ

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毎日信じられないほどに暑く、退屈で、虚しくて、寂しいが、夕方には空がVIDEOTAPEMUSIC『ON THE AIR』のジャケットみたいな色をしている日もあって、そういう束の間の美しさをかきあつめるようにしてなんとか過ごしている。遊びにでかけたいけれど、あまりの暑さに家から出られない。好きな人と暮らすための家探しがなかなか進まないことにやきもきして普段ならブログに書いて気を鎮めているようなことを直接LINEしてしまって後悔したり、今の職場の愚痴ばかり話して自分の醜さをどんどん晒してしまっていることに落胆したり、いろんなことがうまくいかない。好きな人への執着も見抜かれていて、やんわりと距離を取られているような気がしていてもたってもいられない気持ちになるけれど、何もできず、寂しさと虚しさを抱えて、毎日をやりすごしている。当然のことだけれどわたしたちは別々の人間で、別々の人生を生きながら、ふと交差した時間を共有しているに過ぎない。その時間のはかりしれない尊さを守るために、お互いを尊重しなければならないのに、わたしときたら。わたしは好きな人と同化したがる欲求を持っているようで、好きな人の好きなものは当然のように好きだし、髪型や服装を真似してみたくなったり、好きな人の過ごす時間を追体験したい。きみになりたい。

これまでの人生を振り返ってみると、大切なものはすべてふとした瞬間に与えられてきた。何かが欲しくて欲しくてたまらないときには何も手に入らず、とくに意識もせず望んでもいなかったタイミングでもたらされるものを愛してきたように思う。それは例えば、お気に入りのワンピースから、時間、人との出会いまですべて。退屈でたまらなく刺激が欲しい時には、何を見ても、何を聞いても、どこへ行っても退屈で、なにも愛せない。思えば、就職活動に失敗して何かを期待することもなく赴いたアルバイト先で、好きな人との出会いがもたらされ、本当に楽しい時間を過ごした。

自分にふさわしいと思えた場所を手放して、好きな人とのつながりを強固にすることを目論んで職場を移った私の行いは間違いだったのだろうか。流れに身を任せてきたこれまでの人生の中で、今回は自ら力ずくでハンドルを切ったような感覚がある。自らをそそのかして履歴書に書いた転居の予定ありという小さな博打に、自ら苦しめられていて、いわゆる悪魔の囁きだったのかもしれない。今の職場は最初に放置されていた数時間の印象が強すぎて絶対に心を開いてなるものかという意地をはっている部分もあって、本当はそこまで悪くないことにも薄々気付いているのだけれど、辞めちゃおうかなともちょっと思ったりする。

今の状況も、この機会もすべて与えられたものだと思いたい。与えられたものを喜んで受け取り、全うしたい。

健やかな強迫

最近、なんとなく目にする星占いの結果がことごとく悪い。池袋で信号を待っているときに眺めていたパルコの大型ヴィジョンの星占いは最下位で、「みんなが応援してくれるとき。頑張って走り抜けて。」という文言に励まされたりしている。うだつのあがらない現状を、こういうものに託せることに救われる。新しい職場に行きはじめて1ヶ月が経った。最初のうちはナメられちゃいけないと積極的に仕事を教えてもらおうとしていたが、必要であれば向こうから声がかかることがわかり、人によってはまったく手応えのない返事が返ってくることもしばしばなので開き直ってサボっている。出来ることもわかることも少なく、忙しなく働く人たちの中でぽけーっと立っていることへの申し訳無さは次第に薄れていって、みなさん大変ですねえとのんびり過ごすことにした。唯一のメリットはやたらと休みが多いことなのだが、時間があるのだから何かしなければというプレッシャーで休みのたびに虚無感に包まれてしまう。読書にも集中できず、映像を観る気分にもなれず、本当に無為な時間を過ごしている。モラトリアム、という言葉を学生時代ぶりに思った。何もする気になれない。部屋は散らかったまま、睡眠時間が日に日に増えている。まあ、別にいいか。猫だっていちにち寝ているのだし。

f:id:Vanity73:20180713125829j:image集中力が散漫なときは短歌がいい。1ヶ月辛かったね、と自分に穂村弘の『水中翼船炎上中』を買ってあげた。こういう風に理由をつけないと2400円の本を買うのにも躊躇してしまう自分の貧しさ。実家暮らしで貯金もしているのに、なんだか貧しい。心が。そういうときに穂村さんのどこか虚しく、それでも何かを諦めきれないような言葉がとてもいい。

水中翼船炎上中

水中翼船炎上中

 

何もせず過ぎてしまったいちにちのおわりににぎっている膝の皿

<出発>

玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ

玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ

 

ずっと気になっていた木下龍也と岡野大嗣の『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』も読んだ。男子高校生ふたりの7月頭の7日間を詠んだ歌集なので、今の時期にぴったりだ。2,30代の歌人ふたりが高校生になりかわっているというのがもうすでに青春というか、10代だったころの痛がゆさを俯瞰しつつ、まだその頃の実感が残っているような手触りもある。

ねむってるあいだのぼくを借りていた天使がぼくを返し忘れる

(木下龍也)

 

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現在、私の生活を潤してくれているのは間違いなくSPANK HAPPY。ワンマンライブのチケットは取れなかったので菊地成孔のブロマガを購読してGREATHOLIDAYでのライブ映像を毎日見ている。声明文もインタビューもInstagramもこれでもかという充実ぶりで、毎日最高大好き。菊地さんが小田さんの才能に触発されるようにして生き生きと楽しそうだし、小田さんの可愛らしさも日に日に発揮されていてまんまとやられている。ODにパンを与えるBOSSの表情よ!白いシャツのペアルックは双子のようで、バンドTシャツのときは師弟のようで、なんて複雑かつシンプルな関係性を提示してくれるのだ。今年の夏はSPANK HAPPYがいればそれでいい、というくらい好きです。

f:id:Vanity73:20180713125759j:image中学生か高校生の頃からか、耳をいじる癖がある。耳全体を縦に折り畳んだり、耳たぶを内側に丸めてみたり、いちど触り始めるとなかなか止められない。授業中や眠れない夜に気付くと触っていることが多かった。ここ数年はしばらく止んでいたその癖が最近また出ている。仕事中や電車に乗っているときにふと耳を触っていて、そういえば昔よくやっていたことを思い出した。単純に心地よくてつい触ってしまうのだけれど、そういう癖はきっとストレスか何かだろうと踏んで検索してみると、案の定ストレスや不安の現れらしい。むしろストレス由来ではない手グセや悪夢は無いような気もするが。それから、寂しい、甘えたいという気持ちの現れでもあるようで、それはまあ、いつだってそうですよね、と思う。人と話しているときは触らないようにしているけれど、コミュニケーションにストレスを感じていると触ってしまうらしい。今の職場にうつってから、学生時代に感じていた居心地の悪さがよみがえっているようだ。体育の時間にボールを遠くへ外したときの、大縄跳びに入れないときの、ペアを組めといわれたときの、グループワークで的はずれな発言をしたときの。いつも何か間違えているような気がする。

退屈な町の窓から音姫みたいな鳥のさえずり

街行く人が次々と嘔吐する夢を見た。精神分析するまでもなくストレスが現れていて思わず笑ってしまう。よせばいいのに、夢占いを検索してみると他人が吐く夢というのは「対人関係における運気の低下を暗示しています。近いうちに他者から騙されたり裏切り行為を受けたりし、それに伴い強いストレスを抱える危険性があります。」ということらしい。しかし、夢の中で散々吐き散らしたおかげか、気分は不思議と悪くない。場面が転換して、とろサーモンの村田さんに飲み屋でナンパされる夢を見たことのほうが謎で心配だ。顔が結構好きなんですけれども。

f:id:Vanity73:20180608101551j:image新しい職場は自分で聞かないとこれ以上は何も教えてくれないと分かったので少し頑張ってみたが、そもそも新人を受け入れる体制が整っていないことも分かってきた。各々が抱える煩雑な業務を捌ききれておらず、こちらに指示を出す余裕がないように見受けられる。業務を体系化できていないので一通り教えてこれやっといて、というのも出来ない。役に立ちそうな人と動き方も少しずつ分かってきたので、立て直そう。基本的に職場の人たちは親切なのでそのあたりの苦痛は少ないのがせめてもの救いか。しかし肌に合わない。世間知らずなのでわからないですけれど、社会って辛いんですね。働いてる人みんなえらい。ブログやTwitterで一方的にしか知らない人たちも一様に大変で辛そうで、大丈夫かなあと思う。文章に出力するまでにもたくさんの辛さと苦しさが渦巻いているのだろうな。それを断片的にでも読める、知っているということに不思議と救われている。たまに、この人に比べたら私が辛いというのは贅沢だな、とか、どうして私は恵まれているのにこんなに駄目なんだろうと思ってしまうけれど、私の苦痛は私だけのもので、ちゃんと苦痛を感じていい。でも、何も言ってくれなくていいから、私が苦しいことを誰かに知っていて欲しくなるし、何もできないけれどあなたが苦しいことを知っているよ、と思う。対人よりも気兼ねなく辛い苦しいと言えるインターネットが好きだ。

f:id:Vanity73:20180607220609j:image7日木曜日、よみうり大手町ホールにて談ス『凸し凹る』を観た。抽象的で難しいものをイメージしていたけれど、仲良し3人がじゃれあっているようなカジュアルさとユーモアがあってとてもよかった。身体の凹凸、関節を意識させるような動きから、徐々にぐにゃぐにゃと溶けていく様がなんとも美しく官能的。もうひとつの肉体のようにうごめくスライムが血液や体液を体現しているような。すごく安直な解釈だけれど、私たちが思っているよりもずっと自分の身体は自由に動く。

f:id:Vanity73:20180607222009j:image帰りに東京駅の果実園に寄ってフルーツポンチとトロピカルなハーブティーを飲む。フルーツポンチはゼリーかと思っていたらジュースで明らかに水分を摂取しすぎているけれど美味しいからいいや。今の職場は東京ではあるが長閑な市部なので、久しぶりに東京のビル群や遠くの東京タワー、車のテールランプを見たら驚くほど癒された。埼玉生まれ埼玉育ちのフリーターがこれを言うと死ぬほどダサいですけど、わたし東京が都会が好き。大好き。以前の通勤に使っていた大手町の駅を2週間ぶりに歩いたらこみ上げてくるものがあった。この日は仕事っぽいことを貰えて、いいものを見て、好きな街の夜を歩いて、明日は休みで、これからはこうしてみよう、ああしてみようと気分が上を向いていたのだけれど、翌朝目が覚めるとポジティブな気持ちが完全に消え去っていてベッドから起き上がれない。はやく大丈夫になりたい。

大丈夫

f:id:Vanity73:20180605205705j:image大好きなアルバイト先を辞めて働きはじめた新しい職場が肌に合わない。好きな人がいて友だちがいてとても居心地のいい場所を1年と少しで離れたことを猛烈に後悔してしまうほどに辛い。どうして離れたのかというと、一緒に働いている人たちはあと数ヶ月でみんないなくなってしまうことが決まっているし、今よりも勤務日数や給料の条件がいいので、悪くないと思ってしまったからだ。まあ、非正規であることに変わりはないのだけれど。私もずっとここで働けるわけではないし、大好きな人たちを見送って取り残されるのは辛いなとは思っていたのだけれど、全体の空気や仕事内容もとても気に入っていたことを離れてから痛感している。所詮はアルバイトで、フリーターで、ずっとここに居ていい訳はないのだけれど、今はあの場所が恋しくてたまらない。

前と職種は同じだが、まるで勝手が違う。新しい環境ではどこでも仕方のないことだけれど、右も左もわからない、誰が誰だかわからない、誰に聞けばいいのかわからない、自分が手を出していい範囲がわからない。基本的な案内を受けたあとは忙しなく働く上司たちの間をたらい回しにされて、向こうまでどうしよう、何やってもらおう、という始末だ。研修のレギュレーションくらい作っとけや。私が劣っていて理解力が乏しいだけで、普通の人だったらあのくらいの説明で立ち回れるのだろうか。どこもそんなものなのだろうけど、体系的に研修してくれた前職場と比べるとため息も吐きたくなる。この感じ、学生時代に短期アルバイトで入ったホームセンターで、無計画に採用したので仕事がなくなり人員がダブついて放置されてたときと全くおんなじだ。あのとき一緒に愚痴っていたバスケ部で背の高い同い年の男の子、元気にしているだろうか。自分で動け、聞けということなのだろうけれど、ゆとり世代には無理があるじゃないスか〜休憩室も人が多くて全く安らげないじゃないスか〜でも妙齢の女性が多くてコミュニケーション取っておかないとキツい環境で最悪じゃないスか〜

もうひとつの悩みの種は、完全に自業自得なのだが、ここで働くことになったら一緒に暮らしてもいいかもね、という好きな人の言葉を完璧に真に受けて、勢い余って面接で採用されたらこちらに引っ越しますと言ってしまったことだ(応募したときは運試しくらいの軽い気持ちで履歴書にも書いてしまったので言い逃れが出来ない)。ここも通勤に1時間以上かかるし、きっと交通費を支給しなくていいなら、ということが採用の最たる理由なのだと思う。勤務中はそのことは気にしなくてよいのだけど、担当者にはさくさくとせっつかれているので気が重い。嘘は吐いていない。本当に引っ越すつもりはあるけれど、向こうが思っている以上に時間がかかりそうなのですみま千円。好きな人からしたらもしいい物件があればくらいのニュアンスだったと思うのだけれど、私は好きな人が総てで何もかも真に受けてしまうので、そのことでも困らせてしまって頭を抱えている。何気ない言葉も冗談もぜんぶ本気にしてごめんね。そのうち「いつ結婚してくれるの?」と言い出してしまうことだけは自分自身で阻止しなければならない。受けたときは新しい職場なんて正直どうでもよくて、好きな人と一緒にいられるならということしか考えていなかった。馬鹿だなあ。何をやっているんだろう私は。でも実際、職場が変わって仕事での関係がなくなったことで進展した部分も大いにあるので、間違いではなかったと思いたい。職場で会わなくなったかわりに毎日何かしらの連絡をくれる度に、私の好きな人は本当に最高と言いふらして回りたくなる。

慣れない環境でうまく立ち回れないのも、仕事ができないのも、後先考えずに行動した自業自得の悩み事も、ぜんぶ私が悪くて逃げ場がない。一点の隙もなく私が悪いから、自分でなんとかしなくちゃならない。はやくぜんぶが大丈夫になってほしい。相変わらず、生きていくセンスがない。

前の職場を辞めるときには一緒に働いていたみなさんが労いの言葉をくれて、本当に恵まれた場所に来れたなあと思った。送別のメッセージカードとか、お花とか、お菓子とかはじめて貰った。とても嬉しくて、いままで人として欠けていた何かをすこし取り戻せたような気がした。ここがあまりにも特別なのだけれど、ちゃんと愛せたし愛されることができたと素直に思える。たとえそれが大人のマナーでしかないと言われてもそれでいいのだ。愛着が湧きすぎて、自分で決めたのに辞めることを周囲に話しながらも後悔が込み上げていたけれど、新しい職場に愛着を持つ予感はまるでないので、この寂しさを味わわずに済むと思うと、それはそれでよいかな。

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