ひび

実家に帰る前日、洗濯ものを干す時間がなかったのではじめてコインランドリーへ行った。コンビニと同じように夜中にも煌々と光るコインランドリーは私にとって一人暮らしの象徴みたいなもので、ひそかに憧れていたのだ。平日の夕方、天気も良かったので洗濯している間は近くのコンビニまで歩いてアイスを買って歩道橋で食べたり、近くのジャンクションを眺めて散歩をしたり、何かを待っているときにしか発生しない、間延びした穏やかな気持ちになれた。

休日、起きたら太陽が出ていて気分がよく、身体の調子もよかったので吉祥寺まで自転車で出かけた。せっかく出かけるからどこかへ寄ろうかとGoogleMapを見ていたら、自宅から吉祥寺まで２時間かからないことがわかり、行けるじゃんと思ったのだ。道中、生田緑地へ立ち寄ったり多摩川を超えたりしながら、走ってみるとあっという間だった。陽射しはあるけれど夏になる前の、芯のところがひんやりとした風があって気持ちよかった。ちょうどゆりあぺむぺるがオープンする時間だったので、マロンシャンテリーとコーヒーで一息つく。

吉祥寺シアターでロロいつ高シリーズVol.9『ほつれた水面で縫われたぐるみ』Vol.10『とぶ』を観た。どちらもお互いを信頼することで現れる演劇の魔法や、ものや場所に宿る記憶について、いままでの集大成に相応しい作品だった。『とぶ』のラストシーンの美しさ、ずっと忘れないだろうな。細部のエピソードのおかしさとか、それを話すキャラクターたちとか、シリーズものの良さが積み重なって、愛おしくて胸がいっぱい。

帰りは地図としてずっとつけていた携帯のバッテリーが残りわずかになり、天気も徐々に曇り空になり、無事に帰りつけるか焦る気持ちの中で自転車を走らせた。せっかくだから行きとは違う道を選んだら環八と246という大きな道路をひたすら走るルートで、妙に心細くなってしまった。それでも、あとから振り返ると楽しかったなという気持ちなので、これで正解なのだ。なんだか自転車で少し遠くで出かけるのは、日常と地続きの冒険という感じがする。

雨が続く中で、怪しいなと思いながらも自転車で出勤した日の帰りに霧雨に降られた。そして家まであと数秒というところで、カーブの排水溝で滑って派手に転び、上唇と右の太ももを強打した。あの転んで身体を打ち付けた瞬間の、視界がスローモーションになる感覚を久しぶりに味わった。大人になってから転ぶとなんでこんなにショックなんだろう。帰って鏡を見ると唇がすこし切れて腫れている。耳の後ろもちょっとずきずきする。自分の油断に落ち込んでも、わざわざそれを話す相手がいないし、何事もなかったかのように夕飯を作って食べるのがひとり暮らしなんだな。凡庸だけど、「咳をしても一人」って本当にそうだな。そういえば、風邪で倒れたときの備えもしていないなということにも思い至った。

この程度のけがでは大げさだけれど、平穏な日常が裂けていく瞬間はこんな風に油断の隙をついて、ふらっと訪れるのだろうなと思う。車を運転するときは気を付けているつもりでもひやっとする瞬間はあるし、自分が加害者になるのと、身体が思うように動かなくなることだけは避けたい。思いがけないことがあると、自分の不注意にへこんでしまうのだけど、翌日は仕事で新しいことを教えてもらったり、自分ちゃんとやっていけるかもしれない、と思えるような些細だけど自信につながることがあって、毎日というのは絶妙なバランスで采配されている。すべてを自分でコントロールしようなんてのは野暮なのかもしれない。

平日に休みを取った前の夜は何の予定はなくてもなんだか気持ちが浮ついていて、簡単に夕食を済ませてから30分ほど車を走らせてココスで焦がしきな粉のパフェを食べた。いままで行ったことのない方面を選んだら、いままで住んでいた埼玉ではあまり見ない飲食店のネオンが並ぶほどよい大きさの道路で、今の気分にぴったりのドライブだった。平日の夜のファミレスも人がまばらで落ち着く。あまりお金を使わないように、余計なカロリーを摂取しないように、と自分を抑制するところがあるけれど、やっぱりこういう楽しみは必要で、あまり我慢しすぎると寝る前にファミレスの季節のデザートを一通り検索して余計に悶々とする意味の分からない行動をとってしまう。今月はデニーズで桃、ロイヤルホストでメロンがはじまります。